「初産でこのスピードは、スポーツ選手並ですよ!」
と、助産師に言わせると、私のお産は相当な安産だったらしい。
初産は、通常は陣痛開始から出産まで10時間以上かかるといわれているそうなのだが、私はその半分程度であった。
しかし代償として、本来は段階的に強くなっていくはずの陣痛が、ジェットコースターのごとく急激に増幅するという地獄を見た。
前日からじんわり腰の重たさを感じ、陣痛かもしれないので念のために来院した3時間後、私は分娩室で悶絶することになったのだ。
陣痛の痛みは、例えるなら激しく下すときの腹痛(汚くて申し訳ない)×10000倍といったところか。
鶏肉であたり、血が出るほど腹を下して苦しんだことがあったが、あんなもの可愛いものだった。
出産は、骨と肉をめりめりと押し上げながらかぼちゃが出てくる、そんな感じだった。
出す、ではなく出る、である。私の意志と関係なく、外へ外へと自分で出てこようとするのだ。隙間などほぼ存在しないのだろう所を、強烈な力をもってして、想像以上の痛みを伴って突破しようとしてくる、恐怖すら感じた。
ここで助産師が「まだ子宮口が完全にあいてないので、待ってください!!」と出てこようとする赤ん坊の頭を押さえるので、そんな無茶な…と泣きたくなった。
陣痛のあまりの痛みに歯をくいしばり、息を止めると、モニターに表示される赤ん坊の心拍がゆっくりと落ちていくのが見えた。危ない、と思うと同時に、「赤ちゃんが苦しいので、しっかり息をしてください」と声がかけられる。
息?息ってどうやって吸うんだっけと、半ばパニックになりながら、あー、とかうー、とかうめき声なのかよく分からない声を漏らすので精一杯だった。ヒッヒッフー等、到底無理である。
激しい陣痛の波が押し寄せ、思わず息を止めるたびに、赤ん坊の心拍は下降し、わずかに息を吐くと上昇を見せた。痛みを紛らわすために、ベットの柵に自分の頭を何度も打ちつけ、付き添う夫の胸もとを手で叩いた。夫はとうとう気が狂ったかと思っただろう。
まだ見ぬ赤ん坊が、不憫でたまらなかった。
この子は、親の勝手な都合でこの世に誕生するのだ。まだ世界を見る前から、心拍が落ちるほどの苦しみを味合わせられて。
自身が産まれたくて産まれてくるわけではないのに。そして親すら選べないというのに。
せめて自分だけは、この子を守らなければと思った。その感覚は愛情などといった綺麗なものではなく、最低限の義務として強く思った。
今思えばそれが、後に訪れる母性の芽生えに繋がったのかもしれない。
「はい!良いですよ!いきんでください!」と助産師が声をかけ、かぼちゃが道を突破し、産声をあげるまでの時間は本当にごく僅かで。
すごいな。
この子は、誰に教わるでもなく、この世界で息をする方法を一瞬で習得できるのか。とぼんやり思い、ただ、感動した。
それから生後1ヶ月までの期間はあまりに慌ただしく、記憶が曖昧である。