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ありをりはべり

日常のひきこもごも

信じるもの

「オネーサン、カミサマヲ、シンジマスカ?」


それは先月はじめのこと。バス停で、あと20分後に来るという市内線を待っていると、ヘルメットを被り自転車をきこきこ漕いでくる女性外国人二人に声をかけられた。

地元でもこの出で立ちの外国のかたというのは目にしていたので、ああこれがあの。ついに自分も声をかけられたなぁというようなおももちで。
わたしは気持ち一歩ひいて目の前の出来事を見つめていた。

「ワタシタチハ○○トイウトコカラキマシタ、カミサマハスバラシイ。ソノコトヲオツタエシニキマシタ」

金髪に、ブルーの瞳が美しい女性だった。
背に担いだリュックから、沢山書き込みされたノートを取り出し、私とノートを交互に見ながらたどたどしく日本語を話す。

夜7時の道路沿い。彼女たちの肩越しから向かってきては横を通りすぎていく何台もの車の眩しいライトが
その鋭い光を小さな肩に掠めていった。

夕刻から雲行きの怪しげだった空から、ぱらぱらと小雨が降り注いでくる。
ペコちゃんキャンディみたいな、丸と棒だけの心もとない標識の、屋根もない錆び付いたバス停。雨と共に錆の臭いがふわりと香った気がした。


私のとなりにはもう一人、同じようにバスを待っているおじさんが立っていた。
おじさんはわたしを見て、いかにも不憫そうな顔をしてそっと目を逸らして、空を仰いだ。

わたしはというと、なんともどうしていいのか、笑っているのか苦笑いなのか曖昧な表情で彼女らを見つめるしかなかった。

「オネーサンハ、カミサマヲ、シンジテイマスカ?」
と聞かれて、私が一番先に思い浮かんだのは地元で接客業をする母のことだった。

やたらに口のうまい母はどの店に働きに出ても売り上げが良かった。
宗教の勧誘なんて「あんたたち神様に払う金が有るならこっちにくれないかね、がはは」などと口にしそうなくらいだ。
そんな母をみて育った私は、見えないものより見えるものを信じるようになった。

だから自分が何を信じているかって、
それは自分自身に他ならないだろうと、すんなり自分の答えは用意できたのだ。

けれども。

リュックから綺麗に折られたパンフレットを取りだし、沖縄ではここに教会があって、いついつ集まる日取りなので、お姉さんも是非と。
馴れない日本語で必死に説明する彼女たちに、わたしはそれを口にできなかった。


神様など信じないと、言えなかった。


それでもさすがにそちらには入れないのでということは伝えて、はっきりと断りを入れ。
心の奥に残る罪悪感のために、お話しか聞けなくて申し訳ないと謝罪した。


しゅんとしょげた顔をした彼女たちだったが、それでもありがとう、と丁寧に頭を下げて、雨の降りしきる夜道を自転車で走り去っていった。

彼女たちが見えなくなったあたりで、隣に立っていたおじさんが「ちゃんとお話を聞いて偉いですね、僕なら無視しますよ」と言って、苦笑した。




…何が偉いのだろう、と思った。



「カミサマハ、イツデモ
ワタシタチヲ、タスケテクレル」

彼女たちは、そう言っていたのに。


知らない土地の、暗い夜道を
言葉も十分とは言えないのに、若い女性が二人だけで

降りしきる雨のなか、傘も指さずに
神様を信じてみないかと声をかけて回って。


これが彼女たちの信じる神様が命じたことなのかと、私は思った。


時には罵倒されたりもするだろう、あんな綺麗な出で立ちの女性たちなのだからきっと、おかしな人間が変な気を起こすかもしれない。

視線さえ合わせて貰えずに終わることも、多々あるだろう。


目を合わせて、話を聞いただけの自分の行動も、それはそれで彼女たちの限られた時間を無駄にさせたようなもので、ひどく罪悪感を感じるものだし

偉いといわれても、なにがどう偉いのかと
私はさっぱり分からなかった。


ただひとつわかったことは、
おじさんが言ったように、こうした場面では、無視することも自分のテリトリーへの侵入を防ぐにはやむを得ない手段だということ。
それが当たり前のように認識されているということだ。



雨は次第に足を早めて、景色は力強く降り注ぐ無数の雨粒であっという間に灰白色になった。
雨粒を弾いて走り去るいくつもの車、景色を貫くように走るライト。
定刻の時間を過ぎてやってきたバスに、私は乗り込んだ。








もしも、私が神様なら。



雨の日には雨宿りして休みなさい、というだろう。

女性だけでは危ない、と注意するだろう。

そして、ときには



いかなる力を使っても、抗えないものもあるのだと、話すだろう。




バスのなかは温かく、雨で冷えた指先はじんわりと温もりを取り戻してきた。


彼女たちはいま、どこにいるだろう。



いくつもの細やかな雨粒が絡まった金髪の髪は
街灯と車のライトの多方向より光を纏って、それは綺麗だったなと
まぶたの裏に残像が浮かんだ。



どうか彼女たちの信じる神様から
すこしでもご加護がありますように、と





神様など信じないと、心に決めたのに




私はきづけば、その見えないものへと、願いをかけていた。