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ありをりはべり

日常のひきこもごも

好き、を伝える。

 

夜勤明けの今日。

以前古着屋さんで購入したワンピースを着て、行きつけのカフェへ向かった。

 

昨日夜勤中に考えていたのは、買ってからまだ一度も着ていないそのワンピースのことと、次の休日にはそれを着ていつものカフェに行こうという計画で。

 

どんな辛い時でも楽しみなことがあると、やはりいつもの数倍頑張れたりする。結局仕事が終わったのは夜中3時頃だったが、朝9時にすっきり起床だ。

といっても、たくさんの洋服の中から見つけたその一着を、ついに外に着ていくということで朝から若干緊張していた。

果たしてこの一着が自分と馴染むのかという不安。

 

ワンピースはベージュの生地に赤、紺、黄色の刺繍が施されたもの。柔らかなベージュに流れる鮮やかな刺繍に一目惚れして購入した一着だ。

 

素敵なワンピースを前に、袖を通すわくわくと緊張感で胸はざわつく。

そんな日に限って普段適当な化粧を少し頑張り、結果失敗するといういつものパターン。出かける前から案の定予想していたもののつまずいた気持ちになりながら、車を走らせ以前住んでいた海辺の町へ向かった。

 

お店は、入り口前のパラソルが目印の、こじんまりとした店がまえ。ドアを開けるとちりんと入口の鈴が鳴る。 

その音に「こんにちは」と柔らかな笑顔で迎えてくれたカフェのお姉さんとは、もう出会って5年目になる。

 

カフェはすこしアジアンテイストを感じるぬくもりのある空間。さりげなく置かれている小物はビビットな色使いのものがちらほらと見られ、やわらかな色合いのなかでのそのギャップがまた良かったりする。

店主のお姉さんも、いつもシンプルながらセンスを感じるお洋服をつけており、いつかこんなファッションをしてみたいなぁと密かに思ったりしている。

 

いつものようにケーキを頼みコーヒーを飲みまどろむ中で、私はすこしドキドキしていた。

このワンピース、変じゃないだろうか。

行きつけのカフェでの穏やかな時間のなかで、少しばかりざわつく気持ち。

 

だから、お姉さんが あ、と声を出して

私の大好きなやわらかな笑顔で「そのワンピース、可愛い」と言葉をかけてくれた時

ふわっと胸のうちに花が咲いたような気持ちになったのだ。

 

多分、分かりやすいほどにやつき、喜びの声をあげた私に、お姉さんもびっくりしたのではないかと思う。

 

そしてこのときふと思ったのだが、振り返れば、これまでお付き合いした恋人と出かけるときでも、自分の本当にお気に入りのお洋服を着ていくことは少なかった。

なんとなくその人が好きそうな形だとか、色合いだとか柄だとかを考えながら無難なものを選択して着ていたし、いつのまにかそれは当たり前になっていて。

 

本当に好きなもので、すこし奇抜だったり、今日着たワンピースのように気に入りすぎて着ていくのに勇気がいるものは、一人でお出かけする時だけ着ていた。

そういうときは、振り返ればほとんどの場合、お姉さんのカフェへ赴いていたのだ。

 

それは親に、こんないいもの見つけたよと自慢する子供みたいな気持ちで。

もう20も過ぎてそんなこと、と恥ずかしいのだけれど

親にもそんなふうに素直に表現することがない自分が、お姉さんの前ではできるということが、なんだかとても嬉しく感じる。

 

私の憧れの存在であるお姉さんに、つらいときには何度も救われてきたふわっとした笑顔と一緒に、自分の好きなものを同じように好きだといってもらえる、幸せ。

 

なんて素敵なことだろう。

 

そして過去お付き合いしていた人のことを考えてみて、なかなかありのままの自分で向き合っていなかったのだということに気付く。

好きなものを好きと言える、ということはやはりとても大切。

私は5年間もその存在に救われてきていたのに、恋人との関係性において

そこに関連付けられていなかった。

結局のところそこがひずみだったのかもしれないな、といまさら思う。

 

 

 

あなたにこれを見てほしいと思える

誰かにとって、自分もそういう存在であれたら。

 

 

きらきらした表情で、自分の大切な人が目の前に立つ日。

 そんな幸せないつかを夢見て

自分の「すき」と、目の前の相手の「すき」に、向き合っていきたいと、思っている。