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ありをりはべり

日常のひきこもごも

10年

そのアーティストを知ったのは中学生のときだった。

 

「どこにいるの

窓のそばにいるよ」

 

軽やかなギターの音色をバックに、男女のかけあいで歌われる一曲。恋の歌のようで、友情の歌のようで、どこか切なくもあたたかい。

思春期まっただなかで、自分が何者かもちゅうぶんらりんだった私のとって、その曲はくるしいときの支えでもあった。

のちのち歌い手の二人は夫婦となり、子供も生まれ、家族になった。学生のときも、就職してからも、息抜きにはやはりそのアーティストの曲をよく聞いていた。

地元にいるときからずっと、ライブを生で見たいと熱望していたけれど、先日やっと夢が叶い、彼らがコンサートをするという某劇場へと足を運んだ。

 

端的に、正直に言うと、とても悲しい結果になってしまった、と思う。

 

音源で聞く声と実際の声の透明度は格段に違い、声や音が、ときに空気をつんざくようにも感じられて

胸が冷え冷えとしてしまった。

大好きだったあの曲になったときには、更に沈んでしまった。

否、期待に心が熱くなっていたからこそ余計にそう感じられたのかもしれない。

 

帰りはもう頭の中も整理できず、だからとりあえずこの10年というものを振り返っていた。

私が中学生から20代なかばになるまでに、いろいろな変化があったように。きっと彼らにも彼らの変化があった。

 

 

それは久しぶりに会った同級生が、真逆の姿で目の前に現れたときと感覚が似ていて。音楽を聞いて悲しくなる、という経験は初めてで、やはりやりきれないけれども。

 

 

それでも私は彼らが好きだった。

それだけは嘘偽りなく、ほんとうのことだった。

 

もう生で会うことはないのだなぁ、と帰り道確信のように思ったのも、これが初めてのことだった。