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ありをりはべり

日常のひきこもごも

取敢えず、母について。

久しぶりに母とメールをしていてふと思ったのは、そういえば一緒に歩いていても親子と思われなかったり、友人などに母を紹介すればだいたい決まって「似てないね」と言われることだ。

私は見た目が父よりで、さらに趣味も父と共通のものが多い。
父は、休みになると子供たちを町のライブハウスや図書館に連れていってくれた。
対して母は、子供は取り合えず何でもいいから外に出ていろとほっぽりだし、自分は無料でコーヒーが飲めるからと早朝からガソリンスタンドの待合所でたむろしているような人だった。ガソリン入れてないけどトイレットペーパーも貰えたのよと、よくわからない自慢話されて反応に困ったのを覚えている。

母は接客業をしており、お客さんに、なんだか小型犬みたいですねと言われたことを可愛らしいとの意と捉えて喜んでいたのだが、小型犬とは意思がつよく喧嘩っぱやいものだとこの間し⚫ら動物園で言っていた。私、そして私の兄弟の間ではチーターじゃないか、で満場一致だ。

そんな、小さくて可愛らしくてちょっぴり猪突猛進で短気が見え隠れする母だが、
結構なトーク力の持ち主だ。

某や●だ電気、不動産、車屋などで、度々斜め上からの鋭い切り口で商品を値切る姿を見ていたが、
やはり普段の家族の会話のなかでも、ときどきジャパネットたかたを彷彿とさせるようなことを言ってくる。

そんな母の前で、好きなものは漫画、アニメ、バンドなインドアな母以外のわたしたち家族はさながらライオンの前のネズミみたいなもので、専ら家族間の会話の主導権は母だ。

今朝きたメールでは、父に一緒にライヴにいこうと誘ったのに、やや振られぎみであるとご立腹の旨が記されていた。
年齢を問われるといまだにめげずに「何歳に見える?」と聞いてしまう60近い母も、やっぱりきっと、乙女な部分もあるのだろう。
毎年、父の誕生日になると「誰もお父さんにおめでとうなんて言ってあげないだろうから、あんたたちメールしてあげなさい。これを⚪⚪(兄の名前)にも回すように」と優しさか嫌みか、絶妙なあたたかさの連絡網をまわすことから、恐らく母なりに父を思いやっていて、なんとか仲良くやっているはずだ。


世の中は弱肉強食、と小さい頃から母に教わったことで、随分早くに現実主義な感覚を持つようになった。
いま思えば、そのあいまあいまで父が読ませてくれた漫画や、聞かせてくれた音楽は時々しょっぱい現実を忘れさせてくれていたし
この独特なバランスの夫婦が「普通ぽいのになんか変」といわれる私たち兄弟を形成したのだとおもう。


年に数回兄弟で食事をする際も、最近の母の異業については必ず語られることとなったが
そんな常に話題のつきない母に、私たち兄弟は、ときには対応に困り果て、兄弟間で悩みを共有しつつ、それでも可笑しさのなかにある憎めなさに、最後はいつも、ふっと笑ってしまうのだ。