ありをりはべり

日常のひきこもごも

かたち

12月なかばの東京は、一昨年の同じ時期と比べてとても暖かかった。
目的地へと向かうまで、準備していた上着は片手に持ったまま、電車に揺られて窓の外をぼんやりと眺める。昨日の曇天とは違い、東から薄く光を抱いてつんと冷えた青色の空。ビルのてっぺんと空との境い目に、視線が吸い込まれた。


がたんごとんと青色の電車に揺られながら一昨年はこんなことがあった、あんな風景があったなどと思い出す。

つんとした冬の空の青さは、記憶と重ねてみてもやはり同じような色だというのに。
なぜかどうして、温かに目に写った。


緩やかな曲線を描いて電車は進む。やがて日は暮れ、無数の光を纏う町に埋もれるように一旦沈んで、幾つかの路線を経たのち心地よい振動とともに目的地へとたどり着いた。

今回の東京行きは、パートナーの家族への挨拶というのが目的で。いままでとは違い緊張感がある、弾丸の一泊二日。
オレンジ色の街灯に迎えられた一軒家、表札を見てついに来てしまったと余計に緊張感が生まれた。
迎えられる立場というのは久しぶりで、夕御飯の席では緊張を解すためにと最近めっきり飲めなくなったお酒を無理に飲み。
今度はお酒を飲んだせいで失態をしないようにと、酔いながらも必死に理性を保とうとする数時間を迎えることとなってしまった。

結果、言えることはやはり、お酒はほどほどにしたほうがよいということである。

パートナーの家族は、きっとこんな家族なのではないかと描いていたそのままであった。その夜用意して頂いたお鍋の、ぐつぐつとした音や湯気、みんなで同じご飯を囲むという、映画かドラマかでみたワンシーンがやたらに似合っていて、ああこういう家庭があるのだなと、羨ましくなった。

家を出るとき、また来てねと言われて
それがとても嬉しく、そして、なにをどうすればいいのか明確には見いだせないけれど、頑張ろうと思った。

慣れない幸せの形を前に、私は最初、すこし怖じ気づいた。
だが恐らくこの形はきっとすぐにできた物ではなくて、各々の思いが激しくぶつかり、ときにゆっくりと折り重なって、日々の小さな努力を経て存在しているのであろうことを
彼から聞いた数々のエピソードと一つ一つの瞬間から感じた。

そして見慣れぬ風景を羨ましいと思った瞬間に、諦めたと言い聞かせながら、やはりどこかしらで自分の家族もこうでありたかったと、夢に描いていたのだとはたとした。
すこし遅くなったけれど、諦めない、という選択肢を選んでも良いだろうかと。
まだ距離感がつかめずにいる家族のことを、思った。

そのためにどう一歩踏み出すか。これは暫くの私の宿題だろう。


帰りは駅構内でほんのすこし人助けをする場面があって
それをすんなりとやってのけたパートナーに、
またひとつ尊敬の気持ちが生まれた。

何度も何度も、ありがとうと頭を下げるおばあさんの背を彼は優しくさすり、誰も互いに目を合わせぬ雑踏のなかで、そこだけ特異な空間に見えた。

それは胸の奥が優しくきゅっとつかまれるような瞬間と、じんわりと温かに過ぎ行く数十分とが生まれた偶然の出会いだった。


期間中は、久しぶりの再会もあった。
よく、地元のボランティアに一緒に参加していた学生時代の友人から、会いたいと嬉しい連絡があったのだ。

近頃、華やかなパーティーでの写真をよくSNSにアップしていて、どのように変わっているのか気になっていたのだが。

会って早々「お金を沢山稼いで成功する」「友人が貧乏なんて嫌だ、私はそんななかに入りたくない」と現在取り組んでいるらしいビジネスと、描く将来について話をされた。

心優しくエネルギーに溢れていた友人は、学生時代と変わらぬものと、変わってしまったものがあるように思えた。

それは東京という街がそうさせたのか、元々あった彼女本来のものに私が気づいていなかっただけか、どちらかは定かではないが。

彼女が、より質の良い品物や、化学と医療を最大限に生かして得る長寿や、輝かしい世界について目を輝かせて話すなか、どこか私の心は一歩引いたところにあった。

「幸せになりたい」
そう強く言葉にされて、ふっと思い浮かんだのは

このお鍋美味しいねと誰かと同じ食卓を囲んで笑ったり、寒い日に手を繋いで暖めあったり、自分のほんのすこしの時間を見知らぬ誰かの目的のために共有したり。

そういう、彼女に言わせてみれば全く一銭にもならないようなものなのだったのだ。

貧乏なんて嫌じゃないかと問われたとき
それはなにを貧しいとするかによるんじゃないかな、と溢した私を、友人はきょとんと見つめた。

すんなりきっぱりと自分の答えが出た自分自身に、私すらもやや驚いた。

いろいろな、幸せがある。

恋に悩んだ一昨年、家族と喧嘩ばかりしていた思春期、私はなにを幸せと呼んでいただろう。
なにを貧しさだと思っていただろう。

記憶が、痛みではなく、胸に優しくノックをするように訴えかける。


東京の、これでもかと輝く街を、ごったがえす人並みに揉まれながら歩いて、星なんてひとつも見えないような空を仰いで、わたしはやっぱり自然が恋しくて、ひとの温もりがほしくなった。

目に見えず、触れず、約束などされない
そんな不確かな、けれど何にも代えられない温もりの一瞬を

どうしてなのか、と聞かれればたぶん
自分だってよくわからない。
だけれどそれをただの憧れでは終わりたくないたしかな強さで

私はいつも、描いているのだ。



東京。


やはりここはいつも、自分にとって確かな何かをくれる所だ。


帰りの飛行機が飛び立つのを待つ今
きらびやかなネオンに、すこしの怖さと、感謝を抱いている。