くまさんへ会いに
学生の頃住んでいた海辺の町に、行きつけのカフェがある。
中華、洋食、和食と様々な料理を学んできた店主が作る料理は多種多様。
席に座るとあちらこちらのテーブルから様々な香りがしてくる。ナンプラーのアジアンな匂いがすると思えば、デミグラスソースの奥深い香りがしたり。出し巻き卵を焼いている傍から香るだしの匂いに、なんだか料亭みたい。と思うときもある。
前菜は
紅いものグラタン
ナンプラーを使った茄子の揚げ浸し
白身魚の南蛮漬け
などなど、その日によって、三種の盛り合わせが日替わりで。
タコライスや石焼き海鮮チャーハン、まぐろのステーキなどのレギュラーメニューの他
肉と魚の日替わりメニューが一品ずつ。
友人にお店をすすめると、どれが一番おいしいとかおすすめだとか聞かれるのだけれど、いつも回答に困るのは、どれもおいしいからだ。
そうして私はいつものように、美味しさに我慢がきかず口角をあげながらもぐもぐ食べる。ちなみに食べる前からにやにやは始まっている。美味しいという確信があるから、もう初めの視覚から美味しいのだ。
店主はそんなにやにやの止まらぬ私を見て「またそんなに笑って、相変わらず変な子だね」と笑う。それはもう、四年前から繰り返されているやり取り。
このお店には、学生の頃の色々悩んでいる時期に出会った。
今思えばくだらない悩みが多かったなと思うし、店主にもいつも「そんなの悩むに値しない」と一蹴されていたのだが、それでもなんだかんだ相談に乗ってくれていた。
今では「なんか会わないうちに強くなったね、ジャングルにでも行ってみれば」とか笑われるほど私はたくましくなったらしい。
店主の本名からのあだ名は「くま」。基本仏頂面で、日に焼けて体格もよく、まさにくまみたいで。これでカフェの店主かと初めはだいぶ警戒していたのだが、そんな彼はいい距離感のコミュニケーションですぐに近所の皆さんにとけこみ、おじさんおばさま方からやたら頂き物をもらったりしている。そんな人情味あふれるくまさんだ。そしてなにげに毎日美味しいケーキを焼いていたりもする。
海辺の町を離れて二年が経っても、相変わらずそこに通っているのは、美味しさももちろんのこと、その人柄もある。
「くまさん、今度お友達連れてきますね。」
「今住んでいるところでできた友達?」
「そうそう」
そう、よかったね、とくまさんは笑う。
美味しい料理は、きっと私の知らないところにも沢山ある。
でも美味しさと居心地の良さがうまく合わさるところは、いったいどれだけ見つかるのだろう。料理を食べ終わった後のじんわり温かな気持ちに、これから何度出会えるだろうか。
大切な人を連れていきたい場所があることは、幸せなことだと、ときどきふと思う。
そして、自分の大切な場所を知ってほしいと思う、大切な人がいること。
その出会いの奇跡にも。
海辺の町を離れて二度目の冬。二度目の元旦。あけましておめでとう、の言葉に、にこにこするくまさん。
これからも自分の大切なものを、繋いでいけたらいい。
今日は、先日お知り合いになった方と初めて二人で食事をした日だった。
帰り道、それがとても穏やかな時間であったことを思い返し、
また、くまさんのお店に連れて行きたい人が増えそうだと
ほんのすこし、あたたかな予感を抱いたのだった。