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ありをりはべり

日常のひきこもごも

こんにちは、2015

 

大晦日か元旦の1日どちらかには、昨年のまとめと今年の抱負みたいなものを書こう、と思っていた。

 

だが31日は思っていたより忙しくて書けず、1日は夕飯のあとに猛烈な眠気が襲ってきて、仮眠をしたら日付が変わっていた。

初夢も見れず深夜2時に目覚め、なんとなしに外に出てみた。肌に触れる空気は冷たくてぴんと張り詰めていて、住宅街の真ん中、街灯が家家の壁に反射して、温かな光が湯気のように立ち上ってみえた。夜の空までも柔らかな光を抱くさま。

その、寒いのかぬくいのか、どっちなのかどっちでもないのかみたいな景色と、空気。それがなんだか、よかった。

 

もう完全に目がさえていて、このまま仕事にもいけそうだ。再度入眠できるまでまだ時間がかかりそうなので、すこしゆっくりと昨年の振り返りをしてみようと思う。

 

昨年は異動もあり、あわただしい幕開けだった。

多忙すぎてプライベートを犠牲にすることがとても多く、大事な時に友人や家族の傍にいられず大切な人たちを悲しませたりもした。

なんのために生きてるのかなとか、そこまで落ちてしまった時もあったけど、でもだからこそ自分が本当に大切にしたいものについて考えるようになった。

そして命に限りがあることや、不変なんてない事を痛感する中で「人生がいつ終わるかなんてわからないし、諦めないで、後悔しないように生きなきゃな」と心の底から思った。

それは仕事に真摯に向きあう先輩に出会ったり、苦しい中でも必死に生きている患者さんたちからも学ばせてもらった大切なことだ。

 

そして、見えてきたこと。

私はやっぱり人が好きで、生活に根差した看護がしたいんだということ。

その人らしい生き方をささえるような、体温のある関わりをしたい。

 

配属先はとても閉鎖的な空間で、なかなか面会も通せない。

いつも、患者さんの家族も壁の向こうにいるような状況で

自分が看ているこの人の生活が見えないまま、仕事をするのが、一番辛い。

夜、機械の音が死へのカウントダウンのようでとても怖くなる、家族に会いたい、と患者さんからお話があったとき、もうどうしようもない気持ちになって、謝罪すら、声が震えて上手く言葉にできなかった。

 

病院は、お家ではない。

病気はその人の一部で、生活があって、家族がいる。向かう先はそこでなきゃと、おもう。

治療や、症状を説明したり、病気について情報をとったり。医療者としてのそういう土台はきちんとしながら

しっかりと、同じ高さで患者さんの目を見て、名前を呼んで

 

 

これから、なにがしたいですか?

 

 

そう聞ける、看護師になりたいなと、思う。

 

今年は、ゆっくりでもそれが形にできたらいい。

 

 

 

中盤、プライベートでは、兄が結婚したり、親友が結婚と出産をしたり、めでたいことが続いた。そんななか恋人と別れたわたしは、相変わらず仕事も地獄だと思うほどしんどく、悲しい相乗効果に悩まされていた。

別れのショックでへこむというよりその後の収拾が骨が折れるもので。

相手の受け入れ状況をみつつ、もっと前から準備やアクションが必要だったなと思ったり、、

、、これは、お酒があるときに友人と振り返ろうと思う。

 

そしてどろどろに落ちていたその時期に、このブログにも登場するある珈琲やさんに出会った。

 

なんだか木の下で座禅を組んで悟りを開いていそうな、ちょっと犬とか鳥の気持ちとか分かりそうな感じの、不思議な空気を持つ店主さんが営むお店だ。

結婚していると聞いたとき、いつぞやの向井秀徳結婚報道の際と同じく「よかった、普通の人なんだ」となんだかほっとした。

 

そんな店主さんの淹れる珈琲は、とてもおいしい。

そして、心地よいジャズの音色と珈琲の香りが絶妙に調和しているその場所には、温もりと感性に溢れた方たちが、誘われるように集う。

 

捉えて、触れて、表現すること。  

互いの感性を認めるという、温もり。

色とりどりの感性が行き交うなかにも、そこに否定や派閥がないということが、とても新鮮に見えた。

 

過去に、表現の集うところでそれぞれの感性がぶつかりあったり

何処かで線引きができていたり、アートが生活とだいぶ遠いところで認識されているのを目の当たりにしており

少し表現の怖さや寂しさみたいなものを、感じていた。

 

けれど、小さい頃から絵本を描いたりするのが好きで、その後も本を読みふけりつつ小説だか日記だかみたいなものを書いていたので、いつかまた再開できたらいいなとぼんやり思っていた。

しかし過去のマイナスイメージが、いつまでたっても始まりの前に立ちはだかっていた。

 

だから、色とりどりの感性に触れて、温かな出会いを通して

 

あぁ、この場所なら

自分を表現できるかもしれないと思った。

 

五年間、本も読まず、殆ど課題以外で文章を書かず過ごしていた私が

店主の「ブログ書いてみたら」の一言で開設に至れたのも、あの場所での出会いゆえだ。

 

何だかんだでいつのまにか、ブログをはじめて4ヶ月ほどになった。

相変わらず、自分の表現の変なくどさとかまとまりの無さに悩む日々だけれども

やっぱりなにかを表現することは楽しいと、思う。

 

先日はそこで年越しもさせていただき、自分が好きな人や好きなものに囲まれて過ごす時間があるということ

そして、好きなものは好きだと、素直に伝えられるということに

たまらなく、幸せを感じた。

 

カウントダウン五分前。

すっと、肩の重みみたいなものが抜ける感覚がして

やっとしまうべきものをしまうべきところに収め、そして求めていたものがごく自然に届いたような

なんとも言えない安心感が胸に広がった。 

よかった、という小さな呟きは、きっと誰にも聞こえていないが。

 

本当に、かけがえのない出会いをくれたこの場所に会えて、よかったと思う。

 

2014年は、出会いと別れと、悲しみと幸福と、怒濤のような一年だった。

でもだからといって、今年は穏やかであってほしい、とは思わない。

変化はいつも、気付きをくれるからだ。

 

これからも、日々何処かで生み出される変化を

今日はどこでなにがあるのかなと、そんなふうに楽しみに過ごしていけたらいい。

 

 

さて。わずかに、空が白んできたようだ。

夜明けへ向かう空を、もう少しだけ、見ていようと思う。