読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ありをりはべり

日常のひきこもごも

プレゼント

数ヵ月に一回、家族へささやかな贈り物をしている。

それはたいてい、美味しいお茶だとか、島には売っていないお菓子だとかそんな小さなものだけれども。
必ず包みには手紙をそえて、宛名は家族みんなの名前を書く。

思えば島を出るまでは、こうして家族になにかをしたりということはなかった。





五年前。地元を離れて一人暮らしを始めた私は、初めて自炊をし、一人で市役所に行き、週二回の掃除洗濯を始め、知らない土地でさんざん道に迷って生活した。




離れてみて、気づくことは多かった。





料理を失敗したとき、母のご飯の美味しさを思い出して切なくなったし
これまで何度も、一緒に台所に立てた機会があったのに、それをしてこなかったということを悔やんだ。

ケータイのアラーム音で起床すれば、父のお気に入りの音楽で目覚めない朝があるということに寂しさを覚え
兄との小さな喧嘩で終わる夜さえも、懐かしんだりした。


そうやって当たり前にあったものを大事に思い出す自分を知ってから
時々自分からも家族へ連絡し、照れながらも、感謝の気持ちを伝えるようになった。


当初、突然日ごろの感謝を言葉にするようになった私に、両親も兄も驚いていた。
けれどそれはしだいに家族全員が交わす言葉になり、些細な出来事のあとにも、ありがとう、という言葉が誰かの口から零れるようになった。


ぎこちなく照れながらも、一人ひとりが言葉を紡いでいくなかで
ゆっくりと、家族の間にあたたかな時間が流れ始めた。


島を出る前は犬猿の仲だった私と母は、週に一回は電話するようになり
父は珍しく手紙を送ってくれるようになった。
兄弟は、集まれるときには必ず連絡をとりあい、一緒に食事をする予定を立てるようになった。

喧嘩ばかりですれ違いが多かったせいで、はやく家を出たいと口癖のようにいっていた兄弟、私。
きっと今の家族の姿を五年前の私が見たら、喜ぶよりも驚くだろう。そして当たり前にありがとうを口にする自分を見て、照れくささで何も言えなくなるだろう。





美味しいものに出会ったとき、心をくすぐるなにかを見つけたとき、私はすぐに家族のことを思うようになった。
できるならこの嬉しさを同じように感じてもらいたいと。それは相手の喜ぶ顔が見たくてプレゼントを贈るのと一緒で。



もう気付けば年の瀬で、そしてクリスマスである。プレゼント選びに一番悩む時期が来て、贈り物をするのは好きでも選ぶセンスがない私は頭を抱える。


家族は何が欲しいだろうか。


ぐるぐる考えを巡らせて、ぐるぐるデパートを回る。危うくその無限ループにはまりそうになるので、一旦珈琲を飲んで休憩をはさんだ際、ああこれかな、と思いついた。


思えばうちの家族は、おしゃれは好きでも新しい洋服を買いたがらない。そして毎年、寒さをやせ我慢して薄手のアウターで乗り切ろうとする。
海風が吹き付ける我が家で、薄手のパーカーやジャケットを着てストーブの前でがたがたしている両親と兄。外に出かけるたびに「寒い、いや寒くない」と必ず誰かが発していた声を思い出し



今年はアウターだな、と思った。


クリスマス前、デパートはカップルと家族連れであふれていて、にこにこしながら、あるいは本当に真剣な面持ちで服を選んでいた。
私はどんな顔をして服を選んでいたのだろうか。いま思い出そうとしても記憶にはないのだけれど、恐らくそのどちらでもで、百面相みたいにくるくる表情を変えていただろう。プレゼント選びはいつも難しくて、そして楽しいのだ。



デパートでは三着の洋服を購入し、家でラッピングをした。


父には紺のジャケット、
兄には柔らかな手触りの毛糸のカーディガン
母には内側がファーになっていて防寒ばっちりなアウター。

意外にも寒い南の島の冬。
深い紺、カーディガンの柔らかな茶色、ファーの乳白色。
あたたかな色に包まれて、少しでも過ごしやすい冬になればいい。
まさにこのイベントを表す緑と赤のチェック柄の包装紙に、リボンを結ぶ。


贈り物は、どんなものも緊張する。



ここまでそのまんまなかんじでプレゼントを包んでも最後は照れくささがあって、手紙にはメリークリスマスとは書かなかった。

寒いので風邪に気をつけて。あたたかそうなアウターを送ります。

そんなもんである。




はじめて、
今まで迷惑をかけてごめん、ありがとう、と言葉にした五年前の冬
両親は、笑いながら涙ぐんでいた。


ぶつかりあう日々、家族のつながりはもう呪縛のように思えた時もあった。
時にはその苦しさに向き合うことも辛く、家族であっても所詮は他人で、分かりあえなくてもいいんだと諦めていた。

けれど一人で暮らし始めて、思ったよりもずっと、自分は何も知らない人間であったことを知った。
当たり前のようにぬるま湯に浸かりながら、自分の何も犠牲にせず、家族に支えてもらっていたことに気付いて唖然とした。

やっと自分の甘さや強がりに向き合い
胸の内を言葉にしながら
ゆっくりと歩み寄る中で、あたたかさを交わして。

そうやって新しい自分、家族の形が出来上がって行く中で
言ってしまえば他人同士の、心もとない家族という縁も、やはり何かの縁で変わりはないんだと
そう思いたいと思い始めている自分がいることに気付いた。



たくさん笑いたい。できれば、一緒に。




今日はクリスマスだ。
悩んだ末に書けなかった言葉を、ここに書きのこして置こうと思う。





メリークリスマス。







大切な家族へ
いつもありがとう。