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ありをりはべり

日常のひきこもごも

焼き鳥屋 筑ぜん

昨年、友人の結婚式に呼ばれ一人福岡に赴いた時。

福岡について予習なしで来てしまったため、案の定、結婚式が終わった夜は滞在先の博多駅近くのホテルで何をすべきかぐるぐる悩んでしまった。

そのうち夜は更けていってお腹はぐうぐう鳴り始め、仕事終わりにパンをつまんですぐに飛行機に乗り福岡へ向かい、結婚式では遠慮してしまい殆ど料理に口をつけなかったことを思いおこし、悔やんだ。

 

そうして悩み抜いたすえ

取り敢えずは減っているお腹を満たそう、ということに落ちついた。

 

ホテルのカギをフロントに預けて、カバンも持たず財布と携帯だけを持って外に出る。

 

博多駅界隈は、そこかしこに居酒屋があった。

派手な洋服のひと、黒のスーツ姿のひと。若いひともおじちゃんもおばちゃんも、みんなけらけら笑って愉しそうだ。私はスーツを着た男性が大好きなので、サラリーマンがお酒を飲む姿に勝手にときめいたりした。

なんならその席に混ぜてほしいと思ったけれど、一応人見知りなのでやめておいた。

 

博多はやはり夜でもにぎわっていて、でも路地を入ればそこは薄暗闇だった。好奇心で、あっちの路地、こっちの路地といろいろな路地を回った。何やら怪しげな占いの勧誘、バイト探してませんかと言う金髪のお兄さんのお誘い。

自分から飛び込んだもののやはり薄暗い場所と言うのはちょっと怖くて、電灯だけじゃなくて月明かりがあって良かったよ…とひやりとした。

 

おおよそ1時間以上はそうやってぶらぶらと、たまに小走りに(しつこい勧誘はもう逃げるしかない)路地裏を回り、いよいよお腹が最上級にすいてきたとき、そういえばホテルを出る前にネットで見て気になったお店があったのを思いだした。

タクシーを拾い「アンタこんな時間に歩いたら危ないよ、おじさんの娘だったら怒るよ」と七福神みたいなお顔のドライバーのおじさんに諭されながら、そのお店についた。

 

大きな赤いちょうちん、煌々と光る看板の「筑ぜん」の文字、風に揺れる赤いのれん。近づけば香ってくる、香ばしいお肉の香りと甘い匂い…そこは焼き鳥屋だった。

見た目は明らかに「創業○○年」とかつきそうな出で立ちであり、観光客の女一人で入っていいのかと一瞬戸惑ったが、空腹が理性を超えお店の扉をガラガラと開けた。

 

店内はカウンター席と4、5人がかけれるほどのテーブル席が二つほど。壁には、十円単位から百円ちょっとくらいの値で焼き物の名がずらっと並んでいる。

店内には店員らしきおじさんが三人、席は金曜の夜とあってほぼ満席。扉をあけるなり「らっしゃい!!」と威勢よく声をかけてきたおじさんは、一瞬女一人で乗り込んできた私を見て戸惑いの表情を見せた。

そうして、ちょうど入口近くのカウンター席に案内され、「メニュー表、あまり使わないからどこにやったのか…ちょっとお待ちくださいね」としばし待ったあとにメニュー表を手渡される。両隣りはおじさんとおばさん。みんな近所の人たちなのだろうか、私くらいの年代の人は見当たらず、くたびれたスーツを着ていたり、寝る前に来ましたみたいなスウェット姿の人もいる。

お酒のことは全くわからなかったので、取り敢えず目に付いたお酒を適当に頼み、とりかわとなすを頼んだ。

最初に来たのはなすだった。丁寧に焼かれたなすは、これは本当に焼いているだけのかと思うほど甘く、肉厚で、噛むごとになすの旨味が口に広がった。次いできたとりかわには更に驚いた。名の通り鳥の皮なのだが、絶妙な焼き加減でぱりぱりに焼かれたとりかわに、店主が何十年も受けついできたという自慢の甘だれ(のちに隣のお客さんから聞いた情報)が絡み、一口目にぱりっとした触感が訪れたかと思えば、次いでじわっと浸みこむように甘だれと焼き目の香ばしさが口の中に広がる。店の中に漂う煙の匂いも、美味しさを際立たせるひとつの材料に思えた。

もう旨いという言葉すら出ず、取り敢えず口角がへろへろに緩んだ。

心配そうにちらちらこちらを見ていた店主らしきおじさんが、「お味大丈夫ですか」とたずねてくるまで、私はにやにやしながら夢中で目の前の二本の焼き物を味わっていた。

 

「お客さん沖縄の人ですか。いやー、あんまり女性一人でこの店に来る人はいませんからねぇ、驚きましたよ。沖縄の人は度胸がありますねー」と店主のおじさんは快活に笑った。そうして、いつかは沖縄に行きたいと思ってもう四十年ですよと話した。

行きたいと思ってもその場所に行けないひともいる。ひょんなことでこうして初めての地にこれた自分は幸せものだなあと思った。

おじさんは、出されるものをにやにやしながら食し、美味しい美味しいを連発する私をにこにこ見つめ、

店を出る前にはどこからもってきたのか駄菓子の詰め合わせをくれた。

またおいで、という優しい笑顔に、思いつきで知らないところに飛び込むのも悪くないなぁと思えた。

 

ホテルに帰り、お風呂を済ませ布団に入っても、髪の毛からはわずかに煙の匂いが香るような気がした。

初めての福岡旅行は、愉しかった。

 

そういえば昨日見た月は、あの夜に見た月とそっくりだったなと

福岡の夜に思いをはせながら

美味しいものに出会った感動と、あたたかい記憶を、ここに残そうとおもう。