読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ありをりはべり

日常のひきこもごも

感謝をこめて

4月、仕事で全く知らない領域に一人で飛び込むことになり「なにがわかっていないのかもわからない」
そんな負のループが絶え間なく続いた。周囲に迷惑をかけてばかりで、どんどん自分が嫌いになっていた。

忙しさから不規則な生活はさらに不規則になり、自炊ができなくなり食事も寂しいものになった。
しかし仕事以外の時間が眠るだけで終わってしまうと時間の流れが早すぎるように感じて、それが何故かとても怖くて
夜には無理やり出掛け、美味しいとも思えないお酒を飲みに行ったりしていた。


そんな毎日に、ひょんなタイミングで思い起こされた記憶があった。
そういえば、時々お世話になっているカフェのお姉さんが、お薦めしていた珈琲屋さんがあったな、と。

仕事はやはり多忙であり、精神的にだいぶ参っていたその時期
珈琲自体ほとんど飲めないというのに、何を思ってか、私はある休日そのお店を訪ねていた。


店内には心地よい音色のジャズが流れていて、常連らしいお客さんと店長さんらしき男の人が、しずかに言葉を交わしていた。
しょっぱなからカウンターに座る勇気はなく、私は窓際の席に腰かけた。

店内には珈琲の香りが漂っていた。香りに誘われてか、ほとんど飲めないというのに、ごく自然にホットコーヒーを頼んでいた。

ちょうど夕暮れの時間だった。
夜になれば多くの人でにぎわうその界隈、肩を寄せ合うように密集する建物の間に、いままさに暮れようとしている空が見えた。

席について椅子の具合に慣れたころ、珈琲が運ばれてきた。
お砂糖とミルクが必要か聞かれたけれど、私は首を振った。
珈琲やさんだし、しかも店名にまで珈琲とついているほどだ、きっと丁寧にその一杯に向き合っているに違いない。そのはじめましての一杯にミルクやお砂糖を入れるのは如何かと、なんとなく、そう思ったからだ。

そうやっておそらく今年二杯目か三杯目だかの珈琲を口にしての感想は

ほっとする、だった。

珈琲の苦みがとても苦手で、いつもミルクとお砂糖をがばがば入れていた私だが、その一杯の珈琲の苦みは、私が今まで味わってきたものとは全く違った。口のなかにあふれる珈琲の深い香りと、やわらかな口当たりの、むしろ心地よいとすら感じる優しい苦み。十分な表現が浮かばず申し訳なくなるほどの、包み込まれるようなぬくもりのある一杯。

美味しい、と自然と口から言葉が零れた。

そんな珈琲と暮れていく空とともに過ごすひとときは、じんわりと心を温かくさせた。
淡いピンク色をした空は、時計の秒針がひとつ進むごとにその色味の深さを増し、そしてだんだんと色を変えていく。気付けばピンクからうすい水色へ、そして深い藍色へと。島のようにぽつぽつと浮かんでいた雲は、互いにくっついたり離れたりを繰り返し、ときには別れを惜しむかのように、ゆっくりと空の色に溶けていった。

空は、ひとつの壮大な生き物のように形を変えて、ただ美しかった。


…こんな景色があることを、私は知っていただろうか。


仕事から帰る時、私はまだ見ぬ明日のことばかりを考え、憂鬱さを積み上げていた。
うつむいてばかりで、空の具合など見てもいなかった。
私が背を向けていたそこに、空は変わらずあったというのに。


窓際の席で私はずっと、暮れていく空を見ていた。目が、はなせなかった。とてもとても大事なものを、置いてけぼりにしてきたような気がした。

あたたかな珈琲は、ぽっかりと穴のあいていた心に、じんわり滲みた。
誰のせいでも、何のせいでもなく、その穴は自分が勝手にあけたものだったのかもしれない。
そういえば何かを深く味わうことさえ、忘れていた。

そう気付いた時、見つめていた深い藍色の空が一瞬滲んだような気がした。


店内は、心地よい音色のジャズと、お客さんたちの小さなお喋りと、珈琲の香りに包まれていた。


目の前にある一杯の珈琲が、どこに足をつけていいかわからずぽつんとしていた自分の心を、地につけてくれる。


一日の終りに向き合うこととは、きっと、今日一日精いっぱい生きた自分をいたわり、明日生きていこうとする自分を励ますことだ。
今日の日を思いもせず悲しい気持ちばかり背負って明日を迎えることは、あまりに寂しい。


不思議な何かに引き寄せられてのこの出会いは、いまもかけがえのないものとなって、私の心を前へ前へとすすめてくれる。

混沌とした中に幸せを見つけられたことは感謝してもしきれない。


暮れていく空
一杯の珈琲
それは、求めていた温もりはいつも当たり前のように傍にあったことを教えてくれた。




今日も、訪れる人々を優しく包み込んでいるであろう、優しい空間。


たそかれへ
感謝をこめて。