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ありをりはべり

日常のひきこもごも

温度の記憶

 

温度で呼び覚まされる記憶は、柔らかく、鋭い。

 

小さいころ、祖父母のうちへ遊びにいくたび、帰る頃にははしゃぎ疲れて寝こけてしまっていた。我が家は団地の四階だったのだが、父は寝息をたてる私をいつも背におぶり団地の階段を上ってくれた。

そのあたたかな体温と、大きな背中が好きだった。本当はおぶられたときに少し目覚めていたけれど、温もりを手放したくなくていつも寝た振りをしていた。そんななか、私と父の間に時折入ってくる冷えた風は、まるでそれを引き裂くようで、離れろといっているみたいで、少し怖かったのを覚えている。

 

安らぎと不安は、いつも隣り合っていた。

 

去年から今年にかけ、よく訪れた東京。

だれもかれも、知らない人。ぶつかりもせず流れていく人。こんなに人がいるのに、こんなにさみしいのはなぜなのかと、人ごみに紛れるたびに思った。

そんな中、繋いでくれた手は、いつも温かく、大きかった。

思いやりのつもりが空回りだったり、伝えるのが下手で困らせたり。幸せだなぁと笑ったり。

 

あたたかさとつめたさは、いつも隣り合っていた。

 

先日、私のアパートの部屋のドアノブに、小さなお菓子の箱が入った袋が下がっていた。添えられていた手紙を開くと、おむかいの部屋の方からだった。今日で引っ越すこと、そしてこれまで子供たちを暖かく見守ってくれてありがとう、と書かれている。もうにぎやかな子供たちの声も、素敵なあのご夫婦にも会えないんだなと思うと、とてもさみしかった。

そして同時に、直筆でかかれたその手紙が、言葉が、温かかった。

 

私は私の周りにあるもの、人が好きだ。そしてそれを手放すことが、なによりも怖い。

季節のかわり目には、しまっていた記憶が思い出されることが多い、そして迷う。選択を間違えていないか、思い出が心を乱してしまう。

それでも、わたしはわたしのすぐ近くにある このあたたかさを手放したくない。

 

柔らかさと鋭さ

安らぎと不安

あたたかさとつめたさ

 

いつもそれらは隣り合っていた。

いつもそれらは私を責め、そして受け止めてくれた。あたたかな記憶は、新しいなにかと出会うたびに、別れを知るたびに積もっていく。

立ち止まること、迷うこと。きっとこれからも訪れるけれど、ただひとえに、私は私の大切なものを守りたい。

 

望まれていた道を行けないことに、気づいたのは春、告げたのは夏だった。季節は生まれては消えて、巡って行く。けれどきっとどんな季節も、厳しくも優しい。

沖縄も、少しずつ秋めいてきている。

風の冷たさを感じながら、もう触れることはない掌に、ありがとうと思った。

 

温度が生みだす記憶が、今日も私の背中を押してくれる。

 


くるり - 三日月 - YouTube