ありをりはべり

日常のひきこもごも

桃色にマーガレット

その薬を飲み始めたのは、3年程前からだ。 卵巣の機能が悪いために、周期ごとに出されるべきホルモン量が少なく、薬で補てんする必要があった。 不規則な生活が原因とも言われるが、本当のところはまだよくわかっていないらしい。 「これはいつか不妊症にな…

ふたつの世界

よく私なんかと結婚しようと思ったものだ。 メガネの奥の、これでもかと細められた目を前に、ときどき思う。 18歳から始めた一人暮らし。一人旅が好きで、一人ライブが好きで、一人ご飯が好きだった。 1Kのアパートは、私にとってはささやかな城みたいなも…

水嶋さんのはなし

「水嶋さん、元気かな」 先日、職場の手洗い場を使っている最中そんなことを思った。銀色の蛇口から出た冷たい水が、指の間を流れいく。 シャワーや蛇口から流れる水、排水溝に流れる水、トイレの便器でぐるぐると渦を巻いて流れる水。 水を見ると思い出す「…

性分、

人と話すことが苦手だ。緊張してやたらにどもるし、説明を求められる場面では正直逃げたくなるときもある。 好きと得意は必ずしも関連しないというのはきっとこういうことで、人と話すこと自体は好きだ。 調子が良いとちょっとその辺で出会ったひとなどにも…

拝啓、

3か月ほど前から、文通を始めている。 千葉、宮崎、東京に住む3人の女性と週1回から月1回。それぞれでだいぶ開きはあるものの、お互いの時間の合間でやりとりをしている。 文通をやろうと思いたったのは、ある日、棚整理の際に使っていないレターセットが…

式日

「女の子は、綺麗でいないとね」 普段口下手な祖母が繰り返し口にしたのは、女性にとって、身だしなみを整えることがいかに重要であるかということだった。 当時私は中学生で、友達に教えてもらいやっと眉毛のそり方を覚え始めたとろ。祖母は私の残念な眉毛…

子供のくせに

子供のくせに、と言われることが、子供のころは本当にいやだった。 あらゆる失態の原因や大人の言う不都合な事実を、年齢を根拠に言われてしまう。 幼い私は、自分は幾つだからまだ不十分なのだ、と思うことに非常に憤りがあった。やっと、ちょっとは大人を…

遠い日は二度と帰らない

音楽においては、スタート(幼少期)こそ忌野清志郎とツェッペリンだったが、その後は普通に邦楽ロックなどを聴いていた。休みを取ってはフェスに行っていたし、ライブハウスで飛んだり跳ねたりヘッドバンキングするのが好きだった。だった、といってもほんの…

胸の振り子

中学生のころまでは、学校であがた森魚とかたまとか言っても通じる人なんてひとりも居なかった。だから高校生にあがったばかりの春、私の好きな音楽を私以上に語れる彼に出会えたのは、やはりとてつもなく幸運なことであったのだと思う。 彼はバンドマンだっ…

大丈夫の乱用

麗らかな午後、那覇。 今日も救急車のサイレンが街中に響く。「昼間っから大変だねぇ」と私と同じように信号待ちをしていたおばさんが口の端をにっと上げて言う。 笑っているのかと思ったけれども、見れば紫がかった眉墨は八の字になっていて、唇は小さくわ…

赤ん坊

2014年11月、酷い寝不足で迎えた朝はやはり最悪だった。 都会をすこし離れたところにあるその駅のホームには、スーツを来た男性が数人と、着飾った綺麗な女性が何人か。 電車が近づいていることを知らせるアナウンスとともに、赤ちゃんを抱いた女性がホーム…

煎餅が、すきだった。

ほんとうは、煎餅会社に就職したかった。 じいちゃんばあちゃんこで、小さいころから祖父母の家に通っていた私は、中学、高校になっても学校帰りには必ずと言っていいほど祖父母の家に寄っていた。いつもちゃぶだいの上にちょこんと鎮座する菓子箱を開けるの…

書くこと

最近は若くして亡くなるひとを目にすることが多い。勿論年齢問わず色々なひとの、最期或いはその間近であるときを同じ空間で過ごすことは多いのだけれど。どうしてだか冬は、まだ昨日まで仕事をしてましたとか、最近結婚したばかりだとかいう、生活のエネル…

信じるもの

「オネーサン、カミサマヲ、シンジマスカ?」 それは先月はじめのこと。バス停で、あと20分後に来るという市内線を待っていると、ヘルメットを被り自転車をきこきこ漕いでくる女性外国人二人に声をかけられた。地元でもこの出で立ちの外国のかたというのは目…

かたち

12月なかばの東京は、一昨年の同じ時期と比べてとても暖かかった。 目的地へと向かうまで、準備していた上着は片手に持ったまま、電車に揺られて窓の外をぼんやりと眺める。昨日の曇天とは違い、東から薄く光を抱いてつんと冷えた青色の空。ビルのてっぺんと…

別れの淵

近い身内の間で、別れが続いている。 先日は祖父が亡くなり、昨日帰省し告別式を終えたところである。 祖父は92歳の大往生でこの世を去った。肺炎で入退院を繰り返したが、入院中は色々と文句を言いながらも毎日面会にくる家族に支えられ、最期は洗髪中に…

闇の向こうの光を見に行こう

ついこのあいだ ほんのすこし先 あとどれくらい先かわからない向こう側そんな広い時間軸で 大切な人との別れを感じている。 先日、夏に病に倒れ入院していた叔父が、急逝した。 自宅への退院を目前にしていたのだが、最後は心臓も悪くして、ぜいぜい苦しい息…

一年を経て

言葉には責任を持て。というのは、中学のときに母に言われた言葉である。 当時のわたしと言えば、丁度反抗期真っ只中で「なんか知らないけどお父さんが嫌」「お兄ちゃんも叔父さんも嫌」「でもクラスのあの男の子は好き」そんなカオスな世界を生きていた。何…

故郷

夕方、以前住んでいた町でお世話になった方たちと、ご飯を食べに行った。 海沿いのホテルに並び建つそのイタリアンレストランは、2階までは屋内、3階からはテラス席となっていた。屋内席は禁煙席との説明に、一人煙草を嗜む方が居られた私たちはテラス席…

たびだち

夕刻、真夏のそれより少しだけ早く、藍色のとばりがおりる。 昼間は相変わらずの強い日差しの合間にも、雲が下りれば冷たい風が吹き、雨を連れてくるようになった。 大きいドットに小さいドット。交差する傘の色とりどり。 病院の窓から道路を見下ろすと、そ…

夕日

「本日も、沖縄都市モノレールをご利用頂きありがとうございます」近くもなければ遠くもない。 絶妙な距離と温度感のアナウンスに包まれる、モノレール。 その独特な揺れを感じながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。ビルと住宅の合間を、ゆったりと進む。…

赤いあいつと緑のあいつ。

相変わらずの湿気で蒸し暑い日が続いている。 げんなりしながらも、食材を調達しにスーパーへ向かう。店頭に並ぶトマト、ゴーヤー、おくら等等の色鮮やかなこと。人にとっては殺人的な日差しも、彼らにとっては栄養なのだなとあらためて思ったりする。 強い…

瞳の中の宇宙

自炊をはじめてから、毎週かというくらい通っていたコーヒーやさんには、なかなか行かなくなった。しかし冬にはホットコーヒーが飲みたくなり、夏がくればアイスコーヒーが恋しくなるというのが私のパターンで。 今日は、久しぶりにそのコーヒーやさんへ。席…

雨と、音楽

今年は、例年よりもずいぶん遅い梅雨入りとなった。 イレギュラーな事態としてGWは晴れ、その大型連休が過ぎ去り一週間ほどでやっと、今年もよろしくどんより曇り空にじめじめとした湿気がやってきた。 梅雨は天候のせいで気分まで落ち込むようで、なかなか…

暮らす

3月はじめごろから、色々と縁があって同棲のようなものがはじまっている。 これまで一人で営んでいた生活に、他者の生活が重なると言う、日常でありながら非日常な日々。食事は自炊が殆どとなり、外食だらけだった私の生活はそれだけでもがらりと変化を見せ…

アニミズム

見方を変えれば、目に写る景色はいくらでも変化できること 忘れはじめたのは、いつごろだったか。仕事帰り 自分の足下を走る、横断歩道の白い線 等間隔に並ぶその白線を、横に走っている、と認識したのはいつごろだっただろう。振り返れば小さいころ 私はと…

ベクトル

時々思うのは、いま自分は人生のどの地点にいるのだろうかということだ。 例えば、あと数か月後とか数年後だとかに、大きな事故にあったり病気にかかって亡くなってしまえば、いま生きているこの時間は終わりを目の前にした時、ということになるし その反対…

3月の森

先日より、友人(と恐れ多くも呼ばせていただきます…)の展示が始まっている。 三月はじめの展示開催から、普段は店主セレクトのジャズの本などが並んでいる白壁は、友人による繊細な切り絵と水彩の淡い色合いで彩られている。 冬の終わりへと向かう沖縄、日…

それでは夢を見に行こう

今日は、大好きな作家さんの展示を見て 夢、についてふとを思いを巡らせた日だった。 思えば小さな時から怖い夢を見ることが多くて、夜がこわかった。それはきっと、夜になれば母がよく枕元で聞かせていた自作の小話のせいだ。「眠れない子のところには、眠…

好き、を伝える。

夜勤明けの今日。 以前古着屋さんで購入したワンピースを着て、行きつけのカフェへ向かった。 昨日夜勤中に考えていたのは、買ってからまだ一度も着ていないそのワンピースのことと、次の休日にはそれを着ていつものカフェに行こうという計画で。 どんな辛…